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13日夜は我が心の太陽村井国夫氏久しぶりのガッツリ御出演舞台『コペンハーゲン』を観に行ってきました! 実はストレートプレイでの村井氏をほとんど観た事がない私は芝居が始まる前に手にびっしょり汗をかいてしまうぐらいドキドキしていたり。 前情報で難しいとばかり聞いていたんですが、なんてことはない、150パーセント満足しました! 私はストレートプレイな村井氏の方が好きです! うーむ、ストレートプレイが好きだからそう思ってしまうのでしょうかね? 今回の村井氏はとにかく素敵すぎる上にでずっぱり。 実は結構芝居に集中してしまったために、村井氏ばかりに集中できなかったんですが、それでもなおパイプをくわえる姿はもちろんのこと、妻を優しく抱きしめてさすったり、おでことおでこをコツンと合わせたり・・・大人な夫婦のお互い愛し合っている空気とかを醸し出してしまっている村井氏には感謝状を贈りたいぐらい幸せな気分にさせられました。 生きててよかった、ごふぅ。 あ、感想がどうもうまくまとめられないので、飛び飛びではありますが思ったことを述べてゆこうかと思います。 ものがたり(パンフより) ボーア(村井国夫)とハイゼンベルク(今井朋彦)・・・・・・相補性原理と不確定性原理によって量子力学を確立した両巨人は1920年代にコペンハーゲンで共に研究し、深い絆で結ばれていた師弟でもあった。また、2人が切り開いたこの新しい分野は、人類が膨大なエネルギー<原子力>を手にする可能性をもたらすものでもあった。 そして1941年。ハイゼンベルクはボーアを再び訪れる。ナチスの秘密計画に携わる研究者がドイツ占領下にあるユダヤ系物理学者のもとへと。訪問の真意は何か?会談の内容は? 生前の立場から解き放たれたはずの死後の世界から、ハイゼンベルクとボーア、そしてその妻マルグレーテ(新井純)は、その答えを求めて、1941年の謎の1日を再現しようと試みる。しかし、お互いの記憶が克明に語られれば語られるほど謎は深まるばかり。彼らは彼らに理論そのままに、不確定性の暗闇に迷い込んでゆく。 たった3人の登場人物による動きの静かな会話劇。 しかも物理学用語満載。 もちろん会話内容はほぼ「理解」出来ないんですが…何故か不思議と「わかる」んです。 動きも少なく、物理も歴史もさっぱりな私にとっては眠くなる要素満載なはずなのに面白い。 宣伝文句にあった「スリリングな展開と知的興奮」というより「演劇を観た・・・・!」という興奮と満足感でいっぱいです。 たぶんこの舞台は一人も下手くそがいないからこそ成り立つんでしょうね。 無駄なく演技力を発揮できる舞台。 この舞台を成立させることができる役者さんって日本にどれだけいるでしょう? 大きな身体の動きなんてなくても会話だけで十分面白く、全く退屈しません。 でも、観る姿勢がないと楽しめない芝居だとも思います。 「難しい」=「つまらない」と感じる人は寝ちゃうでしょう。 初めて飲むコーヒーの苦さを堪能しようとする人しかその先の深いコクを知ることはできないようなもんです。(私はコーヒー飲めませんけどね。ごふぅっ) 綿密に計算されたり理論だったりしちゃってる天才&天才の会話より、妻・母・女であるマルグレーテが放つ計算のない言葉と見解が一番理解でき納得してしまう瞬間。ブルブルします。 ラストの方で、とても静かに何かの音が流れだし・・・でも何の音かは本当に耳を澄ませてもわからず・・・と、次の瞬間、印象的な台詞きっかけに舞台上の人物を最低限照らす照明以外全てが消え、同時にその音も消え、舞台に見事な静寂が訪れたシーンで鳥肌が立ちました。 という話を友人にしたら、細かすぎや!とツッコまれました。 舞台効果ってスゴイ効果だなぁと思いました。私の思い違いかもしれませんけれども。 余談ですが、「『コペンハーゲン』観に行く?」「行く行くー」って感じな流れで一緒に観劇することとなった友人kj谷君の当日券によってゲットした席のそばに佐戸井けん太さんがいました。 さらに余談ですが、帰り道の電車にて、どう見ても20代前半な女の子集団の興味深い会話↓ A「さすが国夫、やってくれたねー!」 私『うん、ほんまやね!』 B「っつーか、江守よりよかったかも!」 私『ってことは君は10代で初演のコペンハーゲンを観てるのか?』 C「ってか、国夫体のバランスいいよねー」 私『目の付けどころがいいね、君ーー!』 思わず声をかけそうになりましたとも。やっぱ東京は違うなぁ。。。 私も同じ年代の友人達とそんな会話がしてみたいものです。 あぁ、もう1度観たい。。。 |
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